浸水面積は縮小しても水害の損失は重い――長期統計で読む被害額とのずれ
水害は「水につかった面積」と「失われた資産の金額」で、見える変化が違います。全国の浸水面積は1960~70年代に比べて長期的に縮小していますが、被害額はそれに比例して小さくなっていません。2018年、2019年には、物価の違いを調整した金額でも大きな被害が記録されました。
したがって、「洪水被害が毎年大きくなっている」とは言えない一方、浸水面積が小さい年でも経済的な損失は重くなり得る、というのが統計から読み取れる答えです。ただし、ここで使う水害統計には河川の洪水以外の被害も含まれます。
この記事では、次の三つを確認します。
- 長期の浸水面積と、物価をそろえた水害被害額はどう動いたか
- 同じような面積でも被害額が違うのは、何を測っているからか
- 全国の年次統計を、自分の地域のリスクとどう区別して読むか
使用データ――長期比較は2015年価格、最新情報は別枠で読む
長期の金額比較には、各年の物価の違いを調整した系列を使います。
中心となる資料は、国土交通省「河川データブック2025」の「戦後の水害被害額等の推移(平成27年価格)」です。全国の年次データで、被害額は2015年価格、面積はヘクタール(ha)で掲載されています。1haは1万平方メートルです。
比較条件は次のとおりです。
- 対象地域・期間:全国。浸水面積が掲載される1961年から2023年までを長期の対象とする
- 金額:一般資産等、公共土木施設、公益事業等の被害額の合計。長期比較では2015年価格を使用する
- 面積:資料に掲載された浸水面積の合計。宅地と農地の内訳も確認する
- 集計期間:各年1月1日から12月31日まで。年度ではない
水害統計の対象は、洪水、内水、高潮、津波、土石流などです。内水とは、降った雨を排水しきれず、河川の堤防の内側などで浸水する現象を指します。つまり、この合計額をそのまま「川の氾濫だけによる被害額」と呼ぶことはできません。国土交通省の調査概要で対象範囲を確認できます。
最新年の数字を長期表に混ぜない理由
2026年10月8日時点で確認できる最新の年次公表は、2024年の暫定値です。国土交通省が2025年12月15日に公表した全国の水害被害額は約7,700億円でした。2024年の公表資料
一方、2024年の確報値は、国土交通省の水害統計調査ページで公表の遅れが案内されています。本稿の長期比較は2023年までとし、2024年は暫定値として別に扱います。
暫定値は、その後の単価設定や報告内容の精査で変わります。また、最新公表の金額と2015年価格の金額は価格条件が異なるため、直接つないで増減率を計算しません。
長期推移――広い土地の浸水が減っても、大きな損失は残る
長期表では、浸水面積の縮小と被害額の大きな振れが同時に確認できます。
以下は転換点や比較に使う年の抜粋です。毎年の値が滑らかに増減したことを示す表ではありません。
| 年 | 水害被害額 億円・2015年価格 | 浸水面積 ha |
|---|---|---|
| 1961 | 10,845 | 419,826 |
| 1976 | 12,236 | 229,729 |
| 1990 | 9,646 | 106,919 |
| 2004 | 19,174 | 69,750 |
| 2018 | 14,012 | 28,594 |
| 2019 | 21,574 | 80,850 |
| 2023 | 6,712 | 19,849 |
出典:国土交通省「河川データブック2025」2-4-4。金額は当時の名目額ではなく、2015年価格。
1961年と2023年の面積には大きな差があります。ただし、両端の2年だけで減少率を計算しても、それは長期傾向の推計にはなりません。年ごとの雨や災害の発生場所が違うからです。表全体では、1960~70年代に数十万ha規模の年が複数あり、近年は数万ha規模の年が多くなっています。
対して、金額は一方向に下がっていません。2004年や2019年のように、面積が過去の大規模浸水年より小さくても、被害額が上回る年があります。
ここから確認できるのは、浸水面積の減少だけでは、資産被害の軽減を十分に説明できないという点です。治水施設の整備がどれだけ寄与したか、土地利用の変化がどれだけ関係したかは、この年次表だけでは切り分けられません。
金額と面積がずれる理由――浸水した場所と深さを見ないと分からない
面積は被害の広がりを測りますが、金額は被災した資産や施設の損失を測ります。
同じ1haでも、農地と、住宅・店舗・設備が集まる土地では、被災する資産の種類と量が違います。さらに、浸水の深さが違えば建物や家財の損傷も変わります。
これは都市化が被害増加の原因だと断定する話ではありません。統計を解釈するときに、面積以外に確認すべき条件がある、ということです。
一般資産の被害額は、全員の修理請求書の合計ではない
国土交通省は、家屋の被害額を、被災した延床面積、地域ごとの評価額、浸水深などに応じた被害率から算出しています。家庭用品や事業所資産も、世帯数や従業者数などを用いて推計します。2023年確報の別添資料
この方法なら全国を共通の枠組みで集計できます。ただし、実際に各世帯が支払った修理費や、個別企業の損失と完全に一致する数字ではありません。
読むときは、少なくとも次の条件を分ける必要があります。
- 土地の使われ方:農地が中心か、住宅や事業所が中心か
- 浸水の深さ:床下浸水か、床上まで達したか
- 被災した資産:建物・家財が中心か、道路や河川施設が中心か
「1ha当たり被害額」は住宅の損害単価にはならない
合計被害額を浸水面積で割れば、面積当たりの金額は計算できます。しかし、その分子には道路や河川施設などの被害も入っています。分母の浸水面積と、すべての被害施設の範囲がぴったり対応するわけではありません。
そのため、この比率が上がったとしても「浸水した住宅の修理費が何倍になった」とは読めません。家屋の被害を比較したいなら、一般資産の内訳、被害建物棟数、浸水深の区分を使う必要があります。
最近の地域差――全国額の増加が、全国一様の悪化を意味するわけではない
年間被害額は、特定の地域に大きな災害が起きると強く押し上げられます。
2023年の確報は、全国約7,100億円でした。県別では秋田県約1,590億円、福岡県約670億円、和歌山県約560億円が上位で、秋田県は1961年の統計開始以来最大の被害額を記録しました。2023年確報の報道発表
これは、その年の被害がどこに集中したかを示す情報です。「秋田県が常に最も危険」という順位ではありません。災害の通り道、被災した資産の量、公共施設の被害などで、年間順位は変わります。
翌2024年の暫定公表では、石川県と山形県が統計開始以来最大となりました。全国額だけを追うと、この被害地域の入れ替わりが見えなくなります。
2024年は公共施設の被害にも注目する必要がある
2024年9月20~23日の大雨による被害額は、暫定値で約4,590億円。このうち公共土木施設が約4,340億円を占めています。2024年暫定値の別添資料
この内訳は、全国の合計金額を家屋被害だけで説明することの難しさを示しています。道路や河川施設の損傷が大きい災害では、住宅の浸水面積が広くなくても、総額が膨らむ場合があります。
住民にとっても、家の損傷と、地域の道路・公共施設の復旧は別の問題です。自治体の担当者が被害額を使って復旧の状況を説明するときには、総額に加えて、どの施設に損失が集中したかを示すことが欠かせません。
「被害が増えた」を検証するときの三つの注意点
長期の変化を判断するには、価格、調査範囲、大災害年の扱いをそろえる必要があります。
1.物価を調整しても、資産の量までは固定されない
2015年価格は、各年の金額を共通の価格水準で比べるためのものです。建物や設備の増減、立地の変化まで取り除くものではありません。
したがって、実質被害額が増えた場合にも、雨の変化だけで説明することはできません。気象条件、被災地域の資産、治水施設などを別に調べる必要があります。
2.古い時期は調査対象の扱いが違う
国土交通省の調査概要によると、1968年までは一定規模未満の水害について概況報告を省略できました。その後、1969年に建物被害に関する扱いが改められ、1970年からは規模の大小にかかわらず全水害を調査することになりました。
これは、長期系列が完全に同じ条件で作られてきたわけではないことを意味します。古い年と新しい年の細かな差を、すべて実際の災害の差として扱うべきではありません。
また、統計には後年の訂正があります。国土交通省は2025年10月3日にも一部年次の参考表等の修正を案内しています。再集計する際は、古い保存ファイルと最新の表を混在させないことが大切です。
3.平均額と「普通の年」は違う
年次被害額は大災害年に大きく跳ね上がります。そのため、10年間の平均が上昇しても、毎年同じ割合で被害が増えたことにはなりません。
次に長期比較を深めるなら、次の指標を併記すると判断しやすくなります。
- 期間平均:大災害年も含め、年間の損失をならして見る
- 中央値:年次額を並べた中央の値で、典型的な年に近い水準を見る
- 最大値と大災害年の寄与:平均を何年が押し上げたかを見る
本稿の抜粋表から、これらの値を推定することはできません。すべての年を同じ価格・同じ範囲でそろえて計算する必要があります。
なお、水害被害額には人的損失や、交通機関の運休などによる波及被害は含まれません。金額が小さいことを、そのまま暮らしへの影響が小さいことと同一視できない点も重要です。
地域の変化を見るなら、次は「面積の内訳」と「被害の中身」へ
全国の統計は長期の変化をつかむ入口ですが、個別の地域を評価するには内訳が必要です。
今回確認できたのは、浸水面積が長期的に縮小してきた一方、物価調整後でも大きな資産被害が残っていることです。そのずれを読むには、合計額だけを追うより、どの土地と施設が被災したかを確認するほうが役立ちます。
自治体の資料や年次統計を読む際の確認点は、三つに絞れます。
- 面積の減少は、農地と宅地のどちらで起きているか
- 被害額の増加は、家屋・事業所と公共施設のどちらに集中しているか
- 増減は一度の大災害によるものか、複数年に共通する変化か
過去の被害実績は、将来の浸水想定とは別の情報です。住まいや事業所について確認する際は、全国額や県別順位をその場所の危険度に置き換えず、自治体が示す洪水・内水などの資料と照合する必要があります。次の確報値で見るべきなのも、総額が何億円変わったかだけでなく、どの土地と施設の被害が修正されたかです。
