世界の都市で危険な暑さへの曝露が3倍に ダッカ・デリー・コルカタの比較で見えるもの
世界の都市で増えているのは、気温の記録だけではありません。人が危険な暑さにさらされる量は、1983年の400億人日から2016年には1,190億人日へ増えました。34年間で199%増、ほぼ3倍です。
増加分の約3分の2は都市人口の増加、約3分の1は暑さの強まりによるものでした。とりわけ増加が大きかったのは、ダッカ、デリー、コルカタなど、暑く湿った気候のもとで人口が急増した南アジアの大都市です。
- 対象は世界1万3,115の都市集積地
- 比較期間は1983~2016年
- 指標は「暑さの強さ」ではなく、暑さにさらされた人数と日数を掛けた人日
- 世界全体の増加要因は、人口増加66%、都市の温暖化34%
この記事では、NASAの公開データと学術誌『PNAS』の分析を中心に、主要都市の差、数字の意味、単純な「最高気温ランキング」では見えない生活上の負担を整理します。
使用データと比較条件
都市の暑さを生活者への影響まで含めて比べるには、最高気温だけでなく、湿度、継続日数、曝露人口を見る必要があります。
中心に用いるのは、NASAのオープンデータポータルで公開されている「Global High Resolution Daily Extreme Urban Heat Exposure」と、その作成に使われた2021年のPNAS論文です。
対象範囲
- 対象地域:世界1万3,115の都市集積地
- 対象期間:1983~2016年
- 空間解像度:0.05度
- 気温データ:CHIRTS-dailyの最高気温推定値
- 人口・市街地データ:Global Human Settlement Layer
- 主な基準:日最高WBGTが30℃を超えた日
WBGTは、気温だけでなく湿度なども踏まえて人体の熱負担を表す指標です。日本の「猛暑日」は日最高気温35℃以上を指しますが、今回の国際比較はその定義ではありません。
湿度が高ければ、気温が同じでも汗による放熱が難しくなります。そのため、ダッカと乾燥地域の都市で同じ最高気温が観測されても、身体への負担が同じとは限りません。
「人日」は何を数えているのか
人日は、対象となる人数と曝露日数を掛けた単位です。
例えば、100万人が危険な暑さに10日さらされれば1,000万人日、500万人が20日さらされれば1億人日になります。人口が多い都市ほど数値は大きくなりやすい一方、暑い日が増えても人日は増えます。
ここがポイント: 人日の増加は「気温が3倍になった」という意味ではありません。都市人口の増加と、危険な暑さの日数の増加が重なった結果です。
世界の都市では何が増えたのか
世界全体では、危険な暑さへの都市人口曝露が年平均約21億人日のペースで増えました。
1983年の400億人日から2016年の1,190億人日へ、790億人日の増加です。研究チームが増加要因を分けたところ、年当たりの増加率に占める割合は次のようになりました。
- 人口増加による寄与:66%、年約15億人日
- 都市の温暖化による寄与:34%、年約7億人日
人口だけが増え、暑さが変わらなかった場合と比べると、都市の温暖化は世界の曝露増加ペースを52%押し上げています。
また、1万3,115都市のうち5,985都市、全体の46%で曝露量が増加しました。これらの都市には2016年時点で17億人、世界人口の23%が暮らしていました。
暑い日が「1か月以上」増えた都市もある
2,252都市では、WBGTが30℃を超える日が毎年少なくとも1日ずつ増える傾向が確認されました。34年間続けば、年間の危険な暑さが約1か月増える計算です。
さらに、2016年時点で人口100万人を超える21都市では、増加ペースが年1.5日を上回りました。人口の増加だけでは説明できない変化です。
増加ペースが大きい主要10都市
上位を占めるのは南アジアと東南アジアの巨大都市で、同じ上位都市でも人口増加と温暖化の寄与は大きく異なります。
以下は、1983~2016年における極端な暑さへの曝露の年間増加ペースです。数値は「毎年、前年より何百万人日増える傾向だったか」を表し、2016年単年の曝露量ではありません。
| 順位 | 都市 | 国 | 年間増加ペース (百万人日/年) | 温暖化の寄与 | 人口増加の寄与 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ダッカ | バングラデシュ | 57.5 | 20% | 80% |
| 2 | デリー | インド | 55.4 | 26% | 74% |
| 3 | コルカタ | インド | 52.2 | 52% | 48% |
| 4 | バンコク | タイ | 36.5 | 18% | 82% |
| 5 | ムンバイ | インド | 29.3 | 46% | 54% |
| 6 | カラチ | パキスタン | 26.6 | 25% | 75% |
| 7 | チェンナイ | インド | 26.1 | 26% | 74% |
| 8 | ドバイ | アラブ首長国連邦 | 22.5 | 2% | 98% |
| 9 | ラホール | パキスタン | 20.2 | 9% | 91% |
| 10 | マニラ | フィリピン | 18.3 | 33% | 67% |
出典:PNAS論文の補足資料。WBGTの日最高値が30℃を超える条件で算出。
ダッカとデリーでは人口増加の影響が大きい
ダッカの増加ペースは年5,750万人日で、10都市中最大です。その80%を人口増加が占めました。デリーも年5,540万人日の74%が人口増加によるものです。
これは暑さの強まりが小さな問題だという意味ではありません。すでに暑い都市に多くの人が住むようになると、同じ1日の高温でも影響を受ける人数が急増します。住宅、電力、水道、医療、労働安全といった都市サービスの需要も一斉に高まり得ます。
コルカタでは温暖化の寄与が人口増加を上回る
コルカタは年5,220万人日増で3位ですが、増加分の52%が都市の温暖化、48%が人口増加によるものでした。上位3都市の中で、温暖化の寄与が人口増加を上回ったのはコルカタだけです。
研究では、コルカタの危険な暑さの日数が年約1.5日のペースで増え、2016年には1983年より約50日多くなったと説明されています。人数だけでなく、暑さにさらされる期間そのものが延びた例です。
ドバイは人口増加が98%を占める
ドバイは8位ですが、温暖化の寄与は2%、人口増加の寄与は98%でした。ラホールも人口増加の寄与が91%です。
この差は、都市ごとの対策の優先順位に関わります。人口増加が中心なら、新しい住宅や公共交通、労働現場に日陰、断熱、冷房、給水をどう組み込むかが重要です。暑い日そのものの増加が大きい都市では、既存施設や従来の警戒基準も見直す必要があります。
最高気温ランキングだけでは実態をつかめない
都市の生活負担を知るには、最高記録の高さより「何人が、何日、どの程度の熱ストレスを受けたか」が重要です。
最高気温はニュースになりやすい数字です。しかし、一度だけの記録と、数週間続く高温多湿では、家計や健康への影響が違います。
同じ35℃でも湿度で負担が変わる
気温だけを基準にした猛暑日には、国際比較上の限界があります。湿度が高い都市では、汗が蒸発しにくく、体温を下げにくくなります。WBGTを使う今回のデータは、この違いを一定程度反映します。
一方、WBGT30℃という基準も、各国の公式な熱波定義と同じではありません。各国の気象機関は、最高・最低気温、平年値からの偏差、継続日数など、異なる条件で熱波を定義しています。
人口の多い都市ほど上位になりやすい
人日は生活者の総負担を測るのに向いていますが、都市の暑さだけを順位付けする指標ではありません。
- 総曝露量:大都市ほど大きくなりやすい
- 1人当たり曝露日数:住民が平均何日さらされるかを見やすい
- 気温やWBGTの最高値:極端な強度を示す
- 高温日の増加率:暑い期間の長期変化を示す
したがって、ダッカが1位だから世界で最も高温の都市だとは言えません。ダッカでは高温多湿に加え、人口規模の拡大が人日の増加を大きくした、と読むのが正確です。
2016年以降も世界の熱ストレスは高い
都市別データの対象期間は2016年までですが、より新しい世界データも高温リスクの拡大を示しています。
コペルニクス気候変動サービスによると、2024年は世界の観測史上最も暖かい年でした。ERA5-HEATを使った集計では、世界の陸地の61%で、1991~2020年平均より「強い熱ストレス」の日数が多くなりました。
ここでいう強い熱ストレスは、UTCIという体感温度指標の日最高値が32℃を超える状態です。2024年7月10日には、強い熱ストレス以上に覆われた陸地の割合が約44%に達し、データ期間中で最大となりました。
ただし、この61%という面積割合と、PNAS研究の人日は直接比較できません。
- PNAS研究:都市人口×WBGT30℃超の日数、1983~2016年
- コペルニクス:陸地面積×UTCI32℃超の日数、2024年と1991~2020年平均の比較
指標、対象、基準期間が違うため、両者をつないで「都市曝露が2016年から何%増えた」と計算することはできません。確認できるのは、2016年以降も世界各地で平年を上回る熱ストレスが発生していることです。
生活への影響は人数と日数の掛け算で広がる
曝露人日の増加は、冷房費、停電リスク、屋外労働、通学、医療需要が同時に厳しくなる可能性を示します。
危険な暑さが1日増えたとき、影響は全住民に均等ではありません。屋外で働く人、高齢者、乳幼児、冷房を十分に使えない世帯、断熱性能の低い住宅に住む人ほど負担が大きくなります。
都市人口が増える局面では、個人の注意だけで対応するのにも限界があります。必要になるのは、住民が暑さを避けられる環境です。
- 建物の断熱と日射遮蔽
- 街路樹、日陰、給水設備の配置
- 暑さを避けられる公共施設の確保
- 電力需要のピークに耐える設備
- 屋外労働や学校活動の時間変更
- 地域単位の警報と見守り
人口増加の寄与が大きい都市では、新規開発の段階でこうした設備を入れることが重要です。温暖化の寄与が大きい都市では、既成市街地の改修や警戒基準の更新が課題になります。
データを読む際の注意点
このデータは世界を同じ方法で比較できる一方、各都市の街区差や個人差までは表していません。
観測所の実測値だけではない
分析には衛星情報、地上観測、ERA5再解析などを組み合わせた推定気温が使われています。観測網が乏しい地域も含めて比較できる利点がありますが、個々の気象台が記録した公式最高気温とは性格が異なります。
都市内の暑さは一様ではない
0.05度格子のデータを都市集積地ごとに平均しているため、緑地の少ない街区、工業地、沿岸部などの細かな差は薄まります。住民の移動、屋内滞在、冷房利用も人日には直接反映されません。
増加要因は二つだけではない
研究は人口増加と都市の温暖化を統計的に分けていますが、温暖化側には広域的な気候変化と都市化に伴う局地的な昇温が含まれます。土地被覆、建物密度、排熱などを都市別に完全分離した数字ではありません。
また、所得や住宅性能、医療へのアクセスによって、同じ曝露量でも実際の健康被害は変わります。人日は危険への接触量であり、死者数や疾病数そのものではありません。
次に確認すべき三つの数字
今後の焦点は、都市別データを2016年以降へ延長し、人口増加と暑さの強まりを再び分解できるかです。
今回のデータからは、世界の都市で危険な暑さへの曝露がほぼ3倍になり、その増加の3分の1を都市の温暖化が占めたことが分かります。ただし、対策を決めるには世界順位だけでは足りません。
都市ごとに見るべき数字は、次の三つです。
- 危険な暑さの日数は何日増えたか
- その日に何人が暮らし、働いているか
- 冷房、日陰、医療、警報を利用できない人がどこにいるか
最高気温の新記録は一つの警告です。しかし、暮らしへの負担を決めるのは、記録の一瞬だけではありません。危険な暑さが何日続き、そのたびに何人が逃げ場を確保できないのか。次の都市データ更新で最も注目すべきなのは、この人数と日数の変化です。
